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デカン高原を支配した古代インドの仏教王国。
当時デカン方面で勢力を振るったドラヴィダ系のアーンドラ族(今のテルグ族)が建設。
サータヴァーハナ王朝の統治の下、アラビア海・ベンガル湾に臨む港湾都市を領有し、東西貿易の利益を得て大変栄えた。
- 前3世紀後半
- マウリヤ朝の衰微に乗じて、ゴーダーヴァリー川下流域に興起。
首都プラティシュターナ(今のパイターン)を中心に、アーンドラ、ベラール地方へ勢力を伸ばす。
- 後1世紀頃
- いったん衰えるが、勢力を盛り返して繁栄。
- 2世紀
- アラビア海からベンガル湾に及ぶデカンの大部分を支配。 ローマ帝国との貿易で富強になる。
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<経済>
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<文化>
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東の漢と、西のローマ帝国の交易を取り持つ中継ぎ貿易で莫大な富を生み出した。(この点ではクシャン朝と同じ。)
国内では貨幣経済、商工業、都市が発達、文運が隆盛した。
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美術では「アマラーヴァティー様式」が発達。
文学では、俗語文学が興隆。
- 『サッタサイー』……インドで最も美しいと言われる叙情詩
- 『ブリハットカター』……原典は残っていないが、物語文学では最も大きいもの
仏教では、八宗の祖にして大乗仏教の基礎を築いたナーガールジュナ(龍樹)(150頃〜250頃)も登場。
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- 3世紀初め
- 西北のサカ族との争いが続き、王国は衰亡、分裂。
- 王国西部(ナーシク地方) → アービーラ朝
- 王国東部(アーンドラ地方) → チュートゥ朝
- 王国南部(クンタラ地方) → イクシュヴァーク朝……3世紀にアマラーヴァティを首都として仏教栄える。
これらの小王朝も長続きせず、デカン地方はヴァーカータカ朝の勢力下に入る。
また東南部海岸地方にはパッラヴァ朝が興隆。
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