中央アジア、北アフガニスタンのアム川流域バクトラ(現バルフ)を中心とする地域の古名。
ヒンドゥークシュ山脈とアム・ダリヤとの間を占め、古くから東西交通の要地として栄え、アケメネス朝、アレクサンドロス大王、セレウコス朝、バクトリア王国の支配を受け、前150年ごろ大月氏に侵略され滅亡。
ゾロアスター教の初期宣教地でもあった。
中国史書の大夏は従来バクトリアを指すと言われてきたが、ここに侵入したトハラ族を指すのが正しい。
- 329 BC アレクサンドロス大王の侵入。
- その後セレウコス朝の支配。
多くのギリシア人が移住、ヘレニズム文化が積極的に移植された。
- 256 BC頃 ギリシア系バクトリア王国が独立。
- 139 BC インド=スキタイ(サカ)系のトハラ族が北方から侵入、バクトリア王国を滅ぼして大夏を建国。
〔北西インドではギリシア人政権が続く。〕
- 前2世紀後半
- 大月氏が北から侵入、大夏を併合して大月氏国を建てる。
- 後1世紀初め
- 大月氏国の五翕候〔土着トハラ人豪族〕のうち貴霜(クシャン)翕候が強大化、他の翕候を従えて大月氏の支配をくつがえし、クシャーナ朝を建てる。
北西インドのギリシア人政権はサカ族やクシャーナ朝の攻撃でこの頃までに滅びたが、ギリシア人そのものは長く残った。
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