チレボン王国
Cirebon 1552〜1752
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 西部ジャワのイスラム教国。
 元来パジャジャラン王国の外港と考えられ、イスラム教国の建設以前にも多くのイスラム教徒がいた。

1552  
 バンテン国王スーナン・グヌンジャティ (ファレテハン) が建国、本拠地をバンテンから移した。

1556  
 スーナン・グヌンジャティ子ハサヌッディンが、弱体化し始めたドゥマク国の主権を認めずバンテン王国を独立させたため、チレボンも王国として独立。

17世紀前半
 オランダ勢力の進出。
 バンテン王国マタラーム王国、そしてオランダ東インド会社 (VOC) の3者の紛争の狭間に立たされ、翻弄される。

1632  
 マタラーム王国の属国に。

1681  
 VOCの保護領に。

 王国はカスプハン、カノマン、カチレボンの三つに分裂。

1705  
 マタラーム王国はVOCとの条約でチレボン王国への宗主権を放棄。

1752  
 チレボン王、オランダの主権に服し、保護国に。

1815  
 イギリス統治時代に直轄植民地となる。
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更新日:1999/03/07

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