ヨーロッパからインドにかけての広い地域に分布する民族グループ、またはその言語。「印欧語族」とも。
前1500年ごろから現代に至る豊富な資料を持ち、世界史上最も活躍した語族とも言える。
かつて「アーリヤ語族」とも呼ばれたが、この名は今日ではインド=イラン語派をさす場合に限られている。
ドイツでは「インド=ゲルマン語族」という名称を用いている。
この語族に属するおもな語派には、
- インド語派
- イラン語派
- スラヴ語派……ロシア語含む。
- バルト語派
- アルバニア語派
- アルメニア語派
- ギリシア語派
- イタリック (ラテン) 語派……フランス語、イタリア語、スペイン語、ラテン語含む。
- ケルト語派
- ゲルマン語派……英語、ドイツ語含む。
- ヒッタイト語派
- トカラ語派
などがある。
これらの諸語・語派を比較すると、その類似は著しく、もとは一つの言語であったと考えられる。
特にインド語派とイラン語派、バルト語派とスラヴ語派が密接な関係を持つので、これらが同一のグループから分かれたことはほぼ間違いない。
さらに、印欧語族には大きな言語境界線があって東西2群に分かれる (インド=イラン語派とイタリック語派がその代表) が、このことは印欧語が古い時代に東西に分裂したことを示しており、ヨーロッパ系民族とインド=イラン系民族が青銅器時代にそれぞれの地域に侵入した考古学的事実とも合致する。
また印欧語は形態論的にみて古層ほど屈折的特徴に富むので、語彙や文法から外来的要素を除き、神話の比較研究や、考古学上の成果を応用することで、厳格な格変化を持つ「印欧共通祖語」を再構成することも可能である。
但し、これは純粋に言語学上の概念で、現実にこのような言語を使う民族が存在したかどうかは不明。従って現段階でこれを特定の文化、人種などに結びつけることは危険である。
=Contents=
言語分類
民族分類
インド=ヨーロッパ語族の歴史
= 言語分類 =
- インド=イラン (アーリア) 語派
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- インド語
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- ヴェーダ語、古典サンスクリット語 (紀元前) → プラークリット語(パーリ語等含む) (紀元前後)→ マハーラーシュトリー語、シャウラセーニー語、マガーディー語他 (紀元後) → アパブランシャ語 (中世) → ヒンディー語、ベンガル語、マハーラーティー語、ウルドゥー語、シンハラ語、ネパール語、パンジャービー語、グジャラーティー語、ジプシー(ロマ)語等 (現代)
- イラン語
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- アヴェスタ語、古代ペルシア語 (紀元前) → パフレヴィ語、ソグド語、サカ語 (紀元後) → 現代ペルシア語、クルド語、オセット語、アフガン語、バルーチー語他 (現代)
- スラヴ語派
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- 南スラヴ語群
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- 古代教会スラヴ語 (紀元後) → ブルガリア語、セルボ=クロアティア語、スロヴェニア語 (現代)
- 西スラヴ語群
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- ポラビア語 (紀元後) → スロヴァキア語、チェク語、ポーランド語、ヴェンド(ソルビア)語 (現代)
- 東スラヴ語群
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- 大ロシア語
- ウクライナ (小ロシア) 語
- ベロルシア (白ロシア) 語
- バルト語派
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- 古プロイセン語 (中世) → リトアニア語、ラトヴィア語 (現代)
- ゲルマン語派
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- 東ゲルマン語群
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- 北ゲルマン語群
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- 古ノルド語 [ルーン文字碑文](紀元後) → アイスランド語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語 (現代)
- 西ゲルマン語群
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- 古英語 (紀元後・中世) → 英語 (現代)
- 古フリジア語 (紀元後・中世) → フリジア語 (現代)
- 古サクソン語 (紀元後・中世)
- 古低地フランコニア語 (紀元後・中世) → オランダ語 (現代)
- 古高地ドイツ語 (紀元後・中世) → ドイツ語 (現代)
- イリュリア語派
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- イリュリア語、メッサピア語、(ヴェネト語?) (紀元前) → アルバニア語? (現代)
- アルメニア語派
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- トラキア語、フリギア語(?) (紀元前) → 古アルメニア語 (紀元後・古代) → 中アルメニア語 (紀元後・中世) → アルメニア語 (現代)
- ギリシア語派
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- 東ギリシア語群
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- イオニア・アッティカ方言 (紀元前) → 共通古典ギリシア語コイネー (紀元後) → 現代ギリシア語 (現代)
- アルカディア・キプロス方言(紀元前)
- アイオリス方言(紀元前)
- (マケドニア語?)(紀元前)
- 西ギリシア語群
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- 北西ギリシア方言(紀元前)
- ドリス方言(紀元前) → ツァコニア方言 (現代)
- イタリック (ラテン) 語派
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- ラテン・ファリスキ語群
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- ラテン語 (紀元前) → 古典ラテン語 (紀元後・古代) → 後期(俗)ラテン語 (紀元後・中世) → ポルトガル語、スペイン語、カタロニア語、プロヴァンス語、フランス語、レト・ロマン語、イタリア語、ルーマニア語 (現代)
- ファリスキ語(紀元前)
- (ヴェネト語?)(紀元前)
- オスク・ウンブリア語群
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- オスク語 (紀元前)
- ウンブリア語(紀元前)
- サベリ諸方言(紀元前)
- ケルト語派
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- ゲーリック語
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- 古アイルランド語 (紀元後) → アイルランド語、ゲーリック語、マンクス語 (現代)
- ブリタニック語
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- 古ウェールズ語 (紀元後) → ウェールズ語 (現代)
- 古コーンウォール語 (紀元後)
- 古ブルトン語 (紀元後) → ブルトン語 (現代)
- 大陸ケルト語
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- トカラ語派
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- トカラ語 A方言 (紀元後・古代)
- トカラ語 B方言 (紀元後・古代)
- ヒッタイト語派
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- ヒッタイト語 (紀元前)
- ルヴィア語 (紀元前)
- パラー語 (紀元前)
= インド=ヨーロッパ語族の歴史 =
- 1500 BC
- 原始ゲルマン語成立。
- 前6世紀
- ケルト人がイギリスに移住。
- 前1世紀
- ガリア人(フランスに住んでいたケルト人)がローマに征服される。
しかし独特の発音習慣は残った(例:標準古典ラテン語の [u] → ガリア=ラテン語では [y] )。
- 前1世紀〜後5世紀
- ゲルマン人が広大な地域に移動したため、原始ゲルマン人は
- 北ゲルマン人……後にノルマン人(ヴァイキング)として海を渡って対外進出することになる。
- 東ゲルマン人……ゴート族、ヴァンダル族など。ローマ帝国内部に深く侵入。
- 西ゲルマン人……フランク (フランケン) 族、サクソン (ザクセン) 族、スエビ (シュヴァーベン) 族、アレマン族、バイエルン族、テューリンゲン族など。根拠地から余り移動せずに旧ローマ領を支配。彼らの言語が現在の英語やドイツ語につながる。
の三つに分かれた。
- 5世紀
- 西ゲルマン系のアングル族とサクソン族がイギリスに侵入。
- 5世紀
- 西ゲルマン系のフランク族がガリア(フランス)に移動し、フランク王国を建国。
- c.450〜c.650 ドイツ語の「第2次音韻変化」
- 西ゲルマン諸族がローマ文明に触れたため、5世紀半ばから7世紀半ばにかけて、彼ら西ゲルマン語(ドイツ語)に、「第2次音韻変化(または高ドイツ語音韻変化)」と呼ばれる発音上の変化が起こる。例えば d の発音は t に、t の音は s や z に変わった。また -k は -ch に、-pp- は -pf- となった。
この音韻変革は最初にローマ文明と直接に接触した南方諸言語から始まって次第に北進した。しかし北上の途中で止まってしまった。
この音韻変化を受けたか受けなかったかで、ドイツ語は以下のように分けられる。
- 高地ドイツ語(高ドイツ語)……中・南部の高地地方のドイツ語。第2次音韻変化を受けている。例:「私を」→ mich[ミッヒ]
- 低地ドイツ語(低ドイツ語)……北部低地方言。音韻変化前の発音を残す。例:「私を」→ mik[ミク]。なお、低地ドイツ語のうち、「低地フランケン語」はオランダ語へと発展する。
- c.450〜c.700 アングロ=サクソン語(古英語初期)
- アングル族とサクソン族が持ち込んだアングロ=フリジア語がその後の英語の骨格となる。
但しアングロ=サクソン語は原ゲルマン語に近い、「英語」以前の段階。ドイツに於ける「第2次音韻変化」が始まる前にイギリスに入ってきたので、子音は古い形のまま。
- 8世紀
- この頃までに東ゲルマン人の諸王国は皆滅び、東ゲルマン語も絶滅。
それに対し西ゲルマン人は着実に発展、フランク王国やアングロ・サクソン七王国を建て、英語やドイツ語を生む。
- c.700〜c.1050 古高ドイツ語
- 原ゲルマン語の面影を色濃く残し、母音が豊富で語尾変化が著しい。
- Tag の複数変化 taga −tago−tagum−taga
- biegen の基本形 biugu−boug−bugum−gibogan
やがて語頭、語中の母音がウムラウト(変母音)するようになる。
- c.700〜c.1100 古英語
- この頃少なくとも次の4方言があった。
- ノーサンブリア方言(北部)
- マーシア方言(中部)
- ウェスト・サクソン(ウェセックス)方言(南西)
- ケント方言(南東)
この時代にはデーン人(ノルマン人)の侵入が相次ぎ、大量のデーン人が移住したため、古英語はデーン人の言語、即ち、北ゲルマン語系の東ノルト語に属する古デンマーク語、古スウェーデン語の影響を受けた。
デーン人の脅威は、ウェセックス王国のアルフレッド大王の努力によって退けられた。このため、ウェスト・サクソン方言が古英語の標準文語となった。
- 8〜10世紀
- ヨーロッパはイスラム勢力及びノルマン人による激しい攻撃に晒される。
- 10世紀
- フランク族は完全にガロ=ロマン人(ガリアのローマ人)に同化し、本来のフランク語を忘れ去った。
但し元の発音習慣を捨てることが出来ず、例えばフランク人は [h] 音を発音する習慣を持っていたので、中世フランス語でも [h] は発音された(現代フランス語では [h] は発音されないが、いわゆる「有声のh」という現象にその形跡をとどめている)。
- 11世紀 ノルマン・コンクェスト
- ノルマン人がイギリスを征服。
征服者の言語ノルマン=フランス語がイギリス支配層の言語となり、古英語の文化は失われる。
- c.1050〜c.1350 中高ドイツ語
- 短母音が多く軽快で、表現が自在となる。また母音の弱化が進み、中には消失する母音もあった。
- [古] meri → [中] mer
- [古] sconi → [中] shoene
- [古] gurtil → [中] gurtel
11〜13世紀にかけては、この中高ドイツ語で書かれた騎士道文学やミンネゼンガー歌曲が花盛りとなるが、14世紀以降はドイツの政治的分裂に対応して方言的分裂が甚だしく、優れた文学は生み出されなくなる。
- 1171 カタロニア語の出現
- スペイン語もラテン語が崩れて生まれた言語である。
アラゴン王国の公用語はカタルーニャ地方の方言「カタロニア語」だった。
最古のカタロニア語は1171年の文献に見られる。
- 12世紀 プロヴァンス語の成立
- 南フランスは古代ローマ時代以来の地中海交易によって都市経済を維持し続け、外民族侵入の打撃からもいち早く立ち直った。
その言語プロヴァンス語(オック語)は、12世紀には北西スペイン〜南フランス〜北イタリアの国際共通語となり、また文学語としての地位も獲得して、プロヴァンス語の吟遊詩人トウルバドゥールがヨーロッパ各地でもてはやされた。
- c.1100〜c.1500 中英語
- 13世紀 中英語の完成
- イギリス国民経済が躍進すると、フランス語の地位は低下し、英語が台頭してくる。
13世紀中頃、中英語は「開音節長音化」という発音上の変化を起こす。
13世紀後半には、国王エドワード1世 (位1272〜1307) が、英語を公用語化。
- 13世紀前半 フランス語によるプロヴァンス語征服
- 徹底的な封建的分裂に陥った北フランスにはいくつもの方言があったが、その中でカペー王朝の本拠地イル・ド・フランス地方の方言「フランス語(オイル語)」は、12世紀以降カペー王権の発展と共に勢力を増し、13世紀前半のアルビジョワ十字軍を通じて南仏のプロヴァンス語を圧倒し、全フランスの公用語としての地位を獲得した。
しかし、南仏の民衆の間では、なお19世紀に至るまで、プロヴァンス語が優勢だった。大部分の民衆は「フランス語」を話せなかったのである。
- 13世紀前半 ガリシア語の地位確立
- スペインのカスティリャ王国では「カスティリャ語」が公式に使われたが、北西のガリシア(ガリチア)地方では「ガリシア語」が話されていた。
ガリシア地方は巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステーラを擁して南仏等ヨーロッパ中心部との結び付きが深かったため、ガリシア語も南仏プロヴァンス語の影響を受け、13世紀前半には洗練された文学語としての地位を確立した。
- カスティリャ語……隣接するバスク語の影響を被っている(例えばバスク語には f 音が無いので、カスティリャ語でもラテン語の f は h に変化している)。
- ガリシア語……鼻母音が存在するなど、プロヴァンス語の強い影響下にある。
- 13世紀末〜14世紀 近代イタリア語の成立
- イタリア語はラテン語から発展した言語である。
ラテン語のうち、教会ラテン語は書き言葉として残ったが、民衆の使う俗ラテン語は、そのままイタリア語となった。
13世紀に民衆の言葉である俗ラテン語(現イタリア語)を説教や書類に用いる動きが現れる。
ダンテ、ペトラルカ、ボッンチオらの初期イタリア・ルネサンス文学者は、俗ラテン語のフィレンツェ方言を用い、「清新詩体 (ドルチェ・スティル・ヌォーヴォ)」と呼ばれた。これが近代イタリア語の始まりと考えられ、イタリア語の標準化もここに始まる。
- 14世紀中頃 ポルトガル語の誕生
- ガリシア語からポルトガル語が分離し、その後ガリシア語に代わって発展していく。
- c.1350〜現在 新高ドイツ語
- 母音の弱化・消失がさらに著しくなる。また短母音の多くが長母音化し、また長母音は複母音化した。
- [中] min → [新] mein 「私の」
- [中] geloube → [新] Glaube 「信念」
- 15世紀初 中英語の標準化
- 14世紀末までに英語はイギリスの国語としての地位を確立。しかしこの時点でも、英語には5方言有り、共通語は無かった。
だが、英語の父と呼ばれるチョーサー (1343〜1400) の『カンタベリー物語』や、ウィクリフ (1330〜1384) の英訳聖書などが、東・中部方言を主としたロンドン方言で書かれ、それが印刷されてベストセラーとして広く読まれるようになると、東・中部方言を中心に標準文語が生まれる。
こうして生まれた共通英語は、かつてアルフレッド大王が治めたウェセックスの標準古英語とは、全く無関係のものである。
- 15世紀 カタロニア文学全盛
- アラゴン王国の公用語カタロニア語は全盛期を迎える。
- 1479 スペイン王国の誕生
- カスティリャとアラゴンの両王国は1479年に合同し、統一王国スペインが誕生。
スペインではカスティリャ語が公用語としての地位を得、今日のスペイン語へと発達していく。
それに対し、カタロニア語は衰退の一途を辿ることとなる。
- c.1500〜c.1900 近代英語
- 15世紀を境に、「大母音推移」と呼ばれる発音上の連鎖反応的な一連の大変革が起こる。
これは印刷英語による中英語標準化のもたらした影響とも言われる。
- 16世紀前半 ルター訳ドイツ語聖書の登場
- ルターが行なった聖書のドイツ語翻訳は、新高ドイツ語の上部ザクセン方言を基礎に、新高ドイツ語や中低ドイツ語の要素を加味したドイツ語で行われている。
ルター訳聖書のドイツ語はその印刷による普及と共に近世ドイツの標準文語となり、やがて標準会話用語ともなった。
- c.1900〜現在 現代英語
- 新聞の普及による標準化。
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