華僑
かきょう
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 国外(中国、台湾、香港、マカオ以外)に居住する中国人のこと。

 本来、華僑とは中国国籍を持つ移住第一世代を指す(華僑の「僑」は「僑居(仮住まい)」の意)。
 現地で生まれた現地国籍を持つ2世、3世以降は「華人」と呼ばれ、区別される。

 1998年現在、華僑(華人も含む。以下同様)の人口は推定5500万人。
 その分布は約8割が東南アジア地域に集中、現地の経済に大きな影響力を及ぼしている。他に北米、ヨーロッパ、南米、オセアニアなど。

 現在の華僑の大部分のルーツは清末と比較的新しく、出身地も限られている。
 出身地による主な華僑の民族グループは次の通り。

  • 福建……福建語を使う。
  • 潮州……潮州語を使う。
  • 客家(ハッカ)……広東省北東部、福建省、江西省、広西チワン族自治区の丘陵地帯に居住する種族で、客家語を喋る。北方の漢民族が数次にわたって南遷したものと見られる。太平天国のリーダー洪秀全も客家。
  • 広東……広東語を使う。
   華僑は「幇(パン)」という同郷同胞の連帯組織を作り、相互扶助を行う。
 「幇(パン)」には次の2種類ある。
  1. 郷幇(きょうばん)……籍貫(しゃくかん)(=出身地)に基づく地縁的集団。
     会館(同業・同郷・同族者らが集会用に異郷に建てた施設)、義塚または義山(共同墓地)、学校、病院などを建て、相互扶助を行う。  主な郷幇は、福建幇、潮州幇、客家幇、広東幇など。

  2. 業幇(ぎょうばん)……同業者で作る職業的連帯集団。仕事上の便宜を与え合う。

 さらに各地に中華街を形成し、言葉や住居、服装、食事、その他の習慣を保持、また郷里の信仰を持ち込んで王廟(孔子廟など)を建てる。
 華僑の信仰は、土俗的宗教に儒教、道教、仏教が重複混淆したもので、

  • 天帝
  • 玉皇上帝
  • 観世音
  • 馬祖
  • 関帝
  • 娘々(ニャンニャン)
などの神々が祀られる。

9世紀以前
 中国が周辺地域へ支配領域を広げる時代で、中国人が海外に進出することはまれだった。

9世紀頃
 中国人自身が通商にでかけるようになるが、少数。

12〜13世紀
 ジャワ、スマトラ、カンボジアなどに住み着いて、現地の政権と密接に結びついて貿易を行う中国商人が出現。

15〜16世紀
 東南アジア各地に中国人街が出来始める。

16世紀以降
 明末期の動乱で中国人の海外流出が急増。原因は人口過剰とそれに伴う貧困化。
 ヨーロッパによる東南アジアの植民地化が進むと、西欧人と土着民の間に立って流通経済に進出。
 各地に「幇(パン)」や「会館」が作られ、華僑社会が成立。

=華僑大流出の裏にジャガイモあり?=

 華僑の国外流出が18世紀以降猛烈になった理由の一つに、中国国内の爆発的人口増加が挙げられる。それまで数千万人の幅で推移していた中国人口は、18世紀以降突如として億のオーダーで増え始めるのだ。

 いったいなぜこんなことが?
 答の一つが、「ジャガイモ犯人説」である。
 これまで中国北部の山間地ではろくな穀物が栽培できなかった。しかし17世紀半ばに持ち込まれたアメリカ大陸原産のジャガイモは、寒冷地での栽培に適していた。そこで大量の人口を支えることが可能になり、急激に人間の数が増加しだした……というのである。

 増えすぎた人間は仕事を求めて山を下り、都市にたむろし、銀本位の貨幣経済の拡大に手を貸し、清の政権基盤を揺るがしただけでなく、新天地を求めて国外にも流れていった……ということだったのかも知れない。

18世紀以降
 清が衰えると漢民族の海外移民が激増。
 奴隷貿易の廃止を受け、広東、福建両省を中心とする沿岸地方出身者が、移民労働力として東南アジア、北米などに向かう。
 中国人労働者(華工)は「苦力(クーリー)」または「猪仔(イーズー)」(=「子ブタ」の意)などと呼ばれ、子ブタのように売られていった。
 清朝政府は、台湾の鄭成功など反清勢力との接触を断ち、またオランダ商人の「猪仔」狩りを防ぐ目的で、広東、福建、浙江の各省の海岸から30里以内の住民を強制移住させ、それに応じない者は「天朝棄民」とみなして見捨てた。

1911〜1912
 本土で「滅満興漢」を合い言葉に清朝打倒の辛亥革命が発生。華僑たちは孫文を支持し、巨額の支援金(華僑醵金)を新生の中華民国に送った。
 中華民国は華僑を各地の中国領事館に登録、血統主義による国籍法で、かつての「棄民」たちを中国人と認定した。

1930年代以降
 世界大恐慌とそれに続く第2次世界大戦、その後の東南アジア各国の独立に伴う移民制限等で、中国人の移住は実質的に停止。

1970年代以降
 中国本土から北米、ソ連、日本などへ「新華僑」と呼ばれる非合法的な移民が急増。

1990年代
 移民2世の各地の華人たちが経済力を付け、特に香港、台湾シンガポールの華人が中国沿岸部、東南アジアへ大規模な投資を行い、巨大な華人経済圏を形成。

1997〜1998
 アジア通貨危機・経済危機が華人経済圏を直撃。
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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