クメール人
Khmer
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 カンボジアの主要民族。「カンボジア人」とも言う。
 東南アジアの諸民族の中では最も早く文明化して、国家を建設。

〔系統〕 アウストロアジア語族/モン・クメール諸族/東方モン・クメール諸族に属す

〔使用言語〕 クメール語

〔分布地〕 タイ〜カンボジア〜ベトナム

〔生業〕 稲作農耕

〔属する宗教〕 上座部仏教



1〜2世紀  扶南(ふなん)建国

6世紀  真臘(しんろう)独立

7〜9世紀  
 前期クメール美術。
 クメール王国最盛期の7―13世紀にカンボジアに展開したヒンドゥー教と仏教の美術を「クメール美術」と呼ぶ。
 その前期は、インド美術のクメール化の過程の時期で、方形プランの単一堂を積み上げた高塔(プラサット)建築と丸彫の巨像彫刻が特徴。 

9世紀  アンコール朝成立

9世紀末  
 アンコール・トム建設。

10〜13世紀  
 後期クメール美術。
 アンコール・ワットを典型とする広壮複雑な大寺院の建築が主で、幾何学的均整のとれた配置が特徴。
 アンコール・ワットやバイヨンの回廊壁面の浮彫は、インドの史詩や神話、クメール族の戦闘や生活を描いている。

12世紀  
アンコール朝の統治下、大寺院アンコール・ワットや大宮殿アンコール・トムを築いてクメール民族の最盛期を迎える。

15世紀以降
タイとベトナムに国土を蚕食され、衰微を重ねる。

1863  フランス領インドシナ成立
カンボジアはフランスの保護国に。

1954
ジュネーヴ会議でカンボジア王国の完全独立を達成。

1970
ロン・ノル首相のクーデタでシアヌーク国王は追放。内戦の開始。

1975
クメール・ルージュ(ポル・ポト派)の政権掌握と暴政(約170万人虐殺)。

1979
ベトナム軍の侵攻。

1982
ポル・ポト派はシアヌークを大統領とする3派連合政府を樹立し、ベトナムの傀儡であるカンボジア人民共和国ヘン・サムリン政権に対するゲリラ活動を行う。

1993
国連の主導で1991年に結ばれた和平協定に基づき、UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)の支援下制憲議会選挙が行われる → シアヌークの息子ラナリットの率いる民族統一戦線(フンシンペック党)と、フン・セン(旧ヘン・サムリン派)の率いるカンボジア人民党が連立政権を樹立。新憲法が制定され、シアヌークを国王にした新生カンボジア王国が誕生。

1997
内紛が首都での銃撃戦に発展、ラナリット第1首相が追放される。

1998
総選挙でラナリット復帰。またポル・ポトの死亡が確認される。
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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