マタラーム王国 (サンジャヤ朝)
Mataram Hindu   732〜929
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 中世中部ジャワに興隆したヒンドゥー王国。ヒンドゥー寺院群プランバナンを築く。

 「マタラーム」とは中部ジャワのジョクジャカルタ付近をさす地名で、古来この名を冠した二つの王国があった。

  • サンジャヤ朝のヒンドゥー王国。「マタラーム・ヒンドゥー」とも。
  • 16世紀末に成立したイスラム王国(1586〜1755)。「マタラーム・イスラム」とも呼ばれる。
 「マタラーム王国」といった場合、通常は後者を指す。
 前者はむしろ王統を示す「サンジャヤ朝」という名称で呼ばれることが多い。


 古代マタラーム王国の統治下で、ジャワ族の中世ヒンドゥー文化が確立。
732
 メラピ山南方Wukir山麓のチャンガル(Canggal)にサンジャヤ王の碑(732年)が建てられる。
 この碑から、サンジャヤ王が中央ジャワ南部マタラーム地方を支配していたことが分かる。王朝名もこの王の名に由来。
 

8世紀後半〜9世紀前半
 隣接地に大乗仏教を奉ずるシャイレンドラ朝が出現、周囲への遠征、ボロブドゥール寺院の建設など全盛期を迎え、マタラーム王国は圧倒される。

9世紀後半〜929
 シャイレンドラ朝が衰退、代わってマタラーム王国が最盛期を迎え、プランバナン寺院群を建設。
 バリトゥン王(位899〜910)の碑によると、王国はジャワ東部も支配し、東岸スラバヤ地方のメダン(Medang)に都を築いた。

920年代
 メラピ山の大噴火でマタラーム王国は崩壊。
 サンジャヤ王家のワワ王(位924〜929)とシンドク王(位929〜947)は東へ逃れ、929年にメダン王国を開く。
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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