パーンディヤ朝
Pandya  紀元前〜14世紀
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 古代〜中世インド南端に栄えたタミール系王国(王朝)。

〔最盛期〕 8〜9世紀及び13世紀
〔地域〕 インド南端
〔首都〕 マドゥライ(現マドゥラ)
〔特色〕 タミール族の有力な国家として北からの圧力に対抗
〔経済〕 海上貿易

 南インドのタミール地方では古く(紀元前後)から、ドラヴィダ系タミ−ル族の諸国家があった。特に、次の3国は有力だった。

  • チョーラ国……東方コロマンデル海岸地方(首都ウライユール)
  • パーンディヤ国……半島南端(首都マドゥライ=今のマドゥラ)
  • チェーラ国……西方マラバ−ル海岸地方(首都ヴァンジ=今のカルール?)。古くは「ケーララ」と呼ばれた。
 この3国はマウリヤ朝統一時にも独立を保った。

 そのうち、パーンディヤ王国は、インド半島最南端に位置し、首都マドゥライは地の利を生かしてローマ帝国のアレクサンドリアなどと海上交易を行い発展する。
 国の発展に伴って、タミール文学も栄えた。

2世紀末
 パーンディヤとチェーラとの連合軍、チョーラ王カリカーラに敗れる。

3世紀以降
 カーンチーにパッラヴァ朝が台頭、チョーラはその家臣となり、パーンディヤも服属する。

7世紀
 有力な国家となり、その後約3世紀にわたって北からの侵略に対抗。

8世紀半ば  マーラヴァルマン・ラージャシンハ1世
 パッラヴァ朝チャールキヤ朝を破る。

815〜863  シュリーマーラ・シュリーヴァツラヴァ
 晩年、ガンガ朝(マイソール地方)と結んだパッラヴァ朝のナンディヴァルマン3世(位844〜886)に敗れ、スリランカに首都マドゥライをを攻められ敗死。

9世紀末
 チョーラ朝が勃興、同王朝のアーディティヤ1世(位871〜907)はパッラヴァ朝と組んでパーンディヤを攻撃。
 パーンディヤはその後もチョーラ朝パッラヴァ朝、ガンガ朝の連合軍に破られる。

10世紀
 チョーラ朝の勢力が急増、インド半島の大部分を統一。
 同王朝のパラーンタカ1世(位907〜956)により、パーンディヤも首都マドゥライを失い、一時征服される。

12世紀
 パーンディヤ朝は復興し、再び台頭。

13世紀
 再び南インド最強の国となる。

1267
 チョーラ朝を併合。

14世紀初め
 ハルジー朝の南方遠征で、イスラムの支配下に入る。

 間もなくヴィジャヤナガル王国に併合されて滅ぶ。
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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