シーク教国
Sikh  19世紀初め〜1849
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 19世紀前半にパンジャーブ地方を支配したシーク教徒の国家。

19世紀初め
 ランジート・シング、パンジャーブ地方に根強かったシーク教勢力を、ラホール中心に統一。
 洋式軍隊を編成、強盛を誇る。

1838〜1842  第1次アフガン戦争
 イギリス軍の領内通過を拒否するほどの勢いを示す。
 しかし、北西インドへの野心を抱いたイギリスは、第1次アフガン戦争の結果アフガニスタンを勢力下に置き、南方のシンドも保護領とし、パンジャーブを三方から囲んだ。
 しかも……
1839
 ランジート・シング死亡 → 内部対立表面化。  
 この状況につけ込んだイギリスは、シーク教国を挑発、シーク戦争を起こす。
1845〜46  第1次シーク戦争
 パンジャブの東半分をイギリスに奪われる。

1848〜49  第2次シーク戦争
 全パンジャブが英領になり、シーク教国は滅ぶ。 
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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