| 依頼内容 |
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有名な「エリーゼのために」って、エリーゼという人のために書かれたのかと思っていました。
ところが、ベートーヴェンの生涯をどんなに詳しく調べても、「エリーゼ」という人物は出てこないのです。
一体「エリーゼ」とは誰なんでしょう? ベートーヴェンとはどんな関係にあったのでしょう?
| 調査レポート |
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ご報告申し上げます。
仰有るとおり、「エリーゼのために」が発見されて以降、熱心に「エリーゼ」探しが行われましたが、一向に手がかりがつかめませんでした。 これはベートーヴェン研究に於ける最大の謎の一つでありました。
ところが、1923年頃、ドイツの音楽学者マックス・ウンガー教授が、ある論文を発表いたしました。 ベートーヴェンの字は汚いことで有名ですが、その筆跡の特徴を鑑定したところ、「エリーゼ」は「テレーゼ」とも読むことが出来る、というものでありました。
テレーゼとは誰なんでしょう?---ベートーヴェン研究家たちはあっ!と思いました。 「エリーゼのために」の楽譜は、テレーゼ・フォン・ドロスディック夫人の手紙箱の中から発見されたのであります。
テレーゼ・フォン・ドロスディックは結婚前の名前をテレーゼ・マルファッティといって、ベートーヴェンの主治医ジョヴァンニ・マルファッティの姪でありました。
「エリーゼのために」がテレーゼのために書かれたのは、まず間違いないところであります。
この曲が書かれたのは1810年4月下旬ですが、その直後ベートーヴェンはテレーゼに手紙を書いており、そこに「お約束のものを沿えて送ります」と記しておりました。 この「お約束のもの」が「エリーゼのために」の楽譜であろうと推測されているのであります。
そして5月、40歳になろうとするベートーヴェンは18歳のテレーゼに結婚を申し込み、見事に振られるのであります。
大体このベートーヴェンという人は、いかつい顔をして孤高の芸術家を気取っておりますが、その実、若く美しい女性とすれ違うと立ち止まって見取れたりするすけべおやじでありました。 だから彼が交遊する女性たちはみな若く美貌の持ち主ばかりであります。 テレーゼもその例に漏れず美しい人であったと言われております。 彼女に捧げられた曲も、ベートーヴェンには珍しいほど愛らしい、感情のきめ細やかな音楽ではありませんか。
というわけで、「エリーゼのために」は本当は「テレーゼのために」という題名に変えなければならないのであります。 それもこれもベートーヴェンの名高い悪筆のなせるものでありました。
彼は字が下手だっただけでなく、楽譜もめちゃくちゃ汚いものでした。 それがとんでもない間違いを生み出した例もあるのであります。
例えば、有名な交響曲第9番「合唱付き」の第4楽章、合唱が入ってからの最初のクライマックスで全員が「vor
Gott!」と叫ぶフェルマータの部分で、ティンパニは一人寂しくディミヌエンドしていきますが、これも本来、自筆譜では力の限りffで伸ばす部分でありました。 ところがベートーヴェンがフェルマータ記号と
molto tenuto の指示を乱暴に書きなぐったため、初版の写譜屋さんがこれをデクレッシェンドの松葉マークとピアニッシモ(p)に勘違いして書いたらしいのであります。
教訓。 些細な仕事も乱暴に仕上げては駄目。 女性に過度の情熱を注ぎ過ぎても駄目。 仕事と恋はバランス良く。
ああっこれはっ。 たいへん差し出がましいことをっ。 失礼いたしましたあっ。
以上、ご報告申し上げます。